原本をあたって見る

上のエントリを書きながら、いくらなんでもPHP新書にしちゃぁ刺激的な本だなぁと嫌な予感がしたので原著を買ってきた。

靖国神社と日本人 (PHP新書)

靖国神社と日本人 (PHP新書)

・・・ヒデェ。謝って損した。引用元のBlogは大事なところを切っちゃってるじゃねぇか!


著者の小堀桂一郎氏はどうやら「靖国神社の国家護持」がかなり無理筋である事をよく認識した上でこの本を書いた様だ。内容のそこかしこに「自分の説を否定する事実」を紛れ込ませている点や、「はじめに」の文で以下のような事を書いたりしている。

 著者自身は、もしこの様な告白めいた表現が許されるとするならば、老来蘘國神社に対しての思い入れ、乃至はそれに心を傾けることのいよいよ深くなるばかりであることを自覚している。そしてそれについて自ら顧るに、どうやら「戦後民主主義」という輸入・配給品の思想とその信奉者に対する軽蔑・嫌悪への反作用として蘘國への思いがつのってゆくらしいのだ。 (p3〜p4)

著者略歴を見れば一目瞭然、多感な時期に終戦を迎えて進駐軍の横暴とそれに応じた大人達の手のひらを返した様な態度を直に見てるわけだから、この様な思いがある事は無理もない。そしてその「思い」を明示した上で論を進めるのだから・・・誠実な態度と言える。

靖国神社の宗教性

著者は本書中で何度も「蘘國信仰」という言葉を利用している。これは彼が靖国神社を「信仰の為の施設」と理解していると考えられる。そして第一、第二章でその成立史を物語っているが、以下の引用文を読む限り大正十年頃の靖国神社は一部の者の間での信仰であったと推測される。

現状は<蘘國神社ノ例祭ハ一神社ノ例祭ニシテ、皇室ノ殊遇ト陸海軍人ノ参列アルノミニシテ、一般国民ハ我不関焉タルモノノ如シ>というやや意外な観察が披瀝される。
(p104)

この辺りでは靖国神社は単なる宗教という印象を受ける。
ところが敗戦処理の辺りから様相に変化が見られる。進駐軍の「神道指令」と「宗教法人令」で「ムリヤリ宗教法人にさせられた」という論になってゆく。だから本来靖国神社は所謂宗教ではないのだ・・・と言いたいのだろうが、そもそも彼の主張するような日本人の風俗・文化に根ざす自然発生的な道徳施設が靖国神社であるというのならこの時点で組織としての「靖国神社」を解散してしまっても時を置いて自然に復活する筈だ。何故「宗教の振りをして宗教法人化する」という道を選択したのかというと・・・少なくともその時点では紛れも無く「人工的に作られた宗教」だったからだ。
しかも、以下の様な事情を紹介している。

そしてバンス大尉の、単なる記念碑又は廟として存続を図ってはどうかとの示唆に対し、神社はどこまでも神社であって記念碑や廟といったものとは根本的に異なるものである事を説明した。
(p140)

これは「神道指令」に先立って日米の実務担当者の間で話し合われたとの事だ。この時点での日本側の認識は、「靖国神社は諸外国の戦没者追悼施設とは異なる」と言うものだった事が伺われる。
更に、中村元先生の言葉を借りて「宗教の定義の曖昧さ」を提示する。コレはつまり「宗教≠靖国」を論理的に証明できないと言う事なんだが・・・。
これらの例を挙げておいて、靖国神社の宗教性を否定するのは無理というものだ。

靖国国家護持可能理論

上記の如く靖国神社の非宗教性を証明する事ができない事を(内心)認めてしまっている筆者は、以下のような荒業に出る。

私は憲法第二十条、第八十九条の政教分離規定と呼ばれる原則自体が、日本の国体に違背したものであり、即ち本来の意味での違憲であると考える。
(p197)

・・・えーと、「本来の意味での違憲」って何だろう・・・というのは置いておいて、更に読み進めると、

宗教的活動にあたらない宗教的儀式、あるいは地鎮祭の様な習俗的行事に国家が支持を与え、参加することは第二十条の政教分離規定の禁止対象にならない、との見方をとるならば、蘘國神社国家護持の制度も亦、この禁止事項に当たらず、合法的だと考える。
(p197〜p198)

となる。これがp202の「蘘國神社は宗教施設でもあることを認めた上で〜」の理論的背景になるのだが、目的効果基準というのは「信仰が目的ではない」というのが大前提になる。そして、筆者がp215からの論証で語っている通り、現代っ子にとっては「地鎮祭」など無意味な迷信に過ぎないという時代が来ている。だから判決も変わるし、「靖国教育」を受けていない人達に対して靖国神社国家護持を語っても目的効果基準に照らして「第二十条に反する」と判断されてしまうのだ。

というワケで・・・

この本は筆者自ら理屈の上では筆者の意見を否定してしまうという過剰にフェアな記述法を採っているので、それほど妄言垂れ流し的なモノとはなっていない。少々現状に対する不条理な苛立ちが見て取れるが、それを差っ引いて読めば靖国神社の歴史と現状ををよく整理して「読ませる」本だと思う。

ついでに

こんなのもある。「靖国神社と日本人」と併せてどうぞ。

靖国問題 (ちくま新書)

靖国問題 (ちくま新書)

(あら、spanglemakerさんも挙げてるわ・・・)